naomi1010’s diary

おばちゃんの日常

引き継ぐ愛情

昨日は、夕方から、地元交響楽団のコンサートに行ってきました。

久しぶりに生演奏を聴きながら、父のことを思い出していました。

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父はクラシックが大好きで、家でもよく聴いていました。

母との出会いも、クラシックのコンサートだった❓・・・ようです(⌒‐⌒)

 

田舎に住んでいましたが、子ども頃から、クラシックのコンサートには、よく連れて行ってもらいました。

父にとっては、コンサートに行くことが、何より楽しみだったようで、「たとえ飯が食えなくても、コンサートには行くぞ~」と、言って笑っていました。(実際、家計はたいへんだったろうと思いますが・・・)

当時は、レコードを買いに、県外まで行ったりもしていました。

 

マイ指揮棒を持っていて、レコードをかけながら、指揮をしていた後ろ姿を今でも懐かしく思い出します・・・(≧ω≦。)

 

父と母は仲が良くて、いつも二人で、楽しそうに話をしていました。その光景を見て「私が居たら邪魔みたいねー。」と、からかったこともありました。

 

私がピアノや電子オルガンを習いたいと言った時は、賛成してくれて、ずっと応援してくれていました。

 

高校生の頃は、県外まで、レッスンに通っていましたが、「ナオミがやりたいことをやらせてやれ。」と母に言ってくれて、続けさせてくれました。今振り返っても・・・あの当時、物凄い費用がかかっています。

(楽器を買い替えました。その他レッスン代、交通費・・・)

 

田舎のサラリーマンの家庭です。給料のほとんどを、私のために使っていたんだろうと思います。

私は、恐ろしいことを、平気でやっていました。その時は、只々・・・音楽がやりたかった・・・アホでした。

 

いつも、父にとっては、私が一番でした。私に、いっぱい愛情を注いでくれました。

 

結婚することが決まって、家を出る朝、私の手を握りしめて「今は、我慢する時代じゃないぞ。嫌なことがあったら、直ぐに帰ってこい。お前の面倒くらい俺がみてやる❗️」と、言われました。

 

「おめでとう」とは、言われませんでした(笑)もしかしたら・・・・・結婚した後のわたしの姿が見えていたのかもしれません・・・・・この後、波乱万丈な日々を送ることになり、私はシングルマザーの道を選びましたから・・・(・∀・;)

 

でも、これだけ大事に育ててもらったから、これだけ愛情を注いでもらったから、両親には、何も言えませんでした。

いろいろあって貧乏になった時も、子供を連れて家を出た時も、なんとか一人で踏ん張りしました。

 

両親には、私が幸せに暮らしている姿だけ見せたかったので、実家に帰る時は、それなりの身形で・・・いい事だけを報告しました。

 

私が愛情を注いでもらった分、自分も、子どもにはいっぱい愛情を注ごうと思いました。

 

 

親は、子どもの為なら、どんな事も乗り越えられます。

子どもに愛情を注ぐことが、何より大事で、幸せな事だからです。

 

子育て中は、毎日必死でしたが、振り返ると、自分が一番輝いていた時間だったと思います。

三人が、それぞれ自分の足で立っている事が、その答えです。

 

子どもが大人になって、お互い、頼り合える、支え合える関係になりました。

一人じゃないって思える事が、今の私の元気の源です。

 

親が迷っていたら、子どもの方を見ていなかったら、子どもは不安になります。

親が真っ直ぐに進んでいたら、子どもも真っ直ぐに育ちます。

 

 

今日も読んで頂いてありがとうございました。今日も朝から~あっちっち~(・・;)状態です。

外でも、部屋の中でも、体調の変化に気をつけましょう。こまめな水分補給を心がけましょう(⌒0⌒)/~~